イのつくもの始めました。

ほんとに何の副作用もないので驚いてます。

一応初日は夜に1錠のみ、

2日目の今日は朝、昼、晩の予定。

明日はこれにメのつくものをプラスの予定。

そして、特に何もなければイの方を

1日5錠に増やします。

 

さて、どうなるか。

最低12週間は継続とのことなので

まずはそれを目指します。

ビワ温灸 始めました

本当は、本物のビワの葉温灸をしたいのですが

用意するものが色々必要、かつ

部屋の中でするときのにおい問題

などなど考えて、とりあえず

エアコンのきいた室内でする今の季節は

電気で温める器具に頼ることに。

 

もう1週間前くらいに届いていた気がしますが

なかなかゆっくり解説やらツボやら確認する時間がなく

しまったままになってました。

 

で、やっと今日。

 

なんでやっと今日かと言いますと

とにかく今日疲れていたから。

 

精神的にかなぁ。

どうも、私が頑張らないと!がつい発動してしまう。

このこ(=腫瘍)はそういう状態の時に

元気になってしまうというのを

ここ最近忘れてしまっていたかも。

 

いや、しかし、よく頑張ったよ、わたし。

頑張りすぎはあかんからね。

さて、これで少しでも良くなっていってくれたら

ありがたい。一番大事なのは

考え方を変えること。

今までと何かを、どこかを、変えること。

 

ふぅ。

杉浦貴之さん 再び

えー、何日前になりますか、22日、土曜日

約1年ぶりの、杉浦貴之さんトーク&ライブに参加。

なんとなんと、大好きなてんさいとうさんでの

ディナーも楽しめるという盛沢山の内容!

 

いつも、トーク&ライブが終わるとそそくさと

帰ってしまっていたので、

特に知り合いが増える、ということもなかったんですが。

今回は、地元にも、医療のパラダイムシフト!を

念頭に活動されている医師がいらっしゃるとか

あ!この方のブログ、昔読んだことある!という

お方にお会いできたりとか。

(別に個人的に繋がってはいませんが)

 

そして、なんと今回は息子も同伴。

この頃、身なりをチェックしてやる余裕が

なかったので、、、ちょっと冴えない青年だったかも、、、

もっと爽やかイケメン風に見えるよう

プロデュースしてやらねば、、、

 

さてさて、早いもので、宣告受けてもう5年3か月です。

生きてます。(何より大事)

で、治療に関しては、この頃ビタミンミネラル摂取

にしても、ケトン食療法にしてもちょっと緩みがちで。

ミトコンドリア活性療法に至ってはほぼやってません。。。

 

これはいかん、ということで

それらをもとのレベルに戻し

さらに、ハイパーサーミアの代わりに陶板浴、

およびビワ温灸(とりあえず赤外線の初心者向けから)

これをやっていこうと思います。

 

そして、藤川先生のおススメに最近よく上がる

イベメベ導入です。これに関しては始めることに

勇気が必要でしたが。

思いきることにしました。

 

あと10年は生きていたい。

できれば20年。

 

てなわけで、色々ありますが

気力はある。がんばろう。

いや、プロセスを楽しもう。

やっとカラダのことに集中できる

本日、ちょっとした試験を受けに行ってくるんですけれども。

この2か月はとにかく暗記に時間をかけ。

2週間ごとに過去問を解いて採点して結果分析して

またひたすら暗記、暗記、暗記、、、

という生活。

 

この辺りが自分の下手なところで、過集中になってしまいがち。

どんなにやらないといけないことがあっても

最低限の毎日のルーティンはこなす、が正解なんだけど。

そのルーティンの中に、自分個人のためのこと、

というのが入っていないことに、やっと違和感を感じるように

なった、というか。

 

掃除洗濯家事、そして仕事、それらはやるんだけど

湯船にゆっくりつかるとか、そういう、自分のケア

のための時間は削ろうとしてしまう。

 

結果、肩こりがひどくなったり

冷房で冷えがたまったり。

食事療法すら、まぁいいか、、、でやってんだか

やってないんだか、、、

 

そんな感じで、何より大切な自分のカラダメンテナンス

そして何より治療、予防に関することを

ほぼやれなかった(やらなかった)2か月が

今日でやっと終了。

 

今日が試験日。

もちろん、合格いただきたい。

けれとも、それより何より、やっと暗記の日々から

一旦解放される!という喜びが勝っていて

明日からが楽しみ!!!!!

 

この2か月やらないでいたこと、思い切り

やれる!そういう心境です。

 

出発時刻まであと2時間半、

胸が高鳴ります!

歴5年

5年も患者やってると、まぁ、ひと通りの

情報には触れてきているので、目新しいものが

減ってくる。

 

それでも、たまーに、お??というものに出会うので

SNSもそういうときは悪くない、と思う。

 

で、そもそもどうしてその場所にガンができたの?

ということと、その心理的意味を関連付けた

投稿が上がっていたので

自分に当てはまるものを見てみたら

なるほどね、という内容だった。

 

それにしても今年は暑い。

今日は猛暑日だった。我が家は外気温の影響を

受けにくい作りになっているとはいえ

さすがに35度を超えると冷房を付けていない

廊下やトイレなどの暑さが気になるようになってくる。

 

で、あちこち追加で日よけを取り付けているんだけれども。

エアコンの室外機がそのまま。

涼しいときにやろうと思うんだけれども

起きた瞬間もう暑いし

日が沈んでも涼しくならない。

明日は37度という恐ろしい最高気温予想が

出ているんだけれども。

 

あー。家で過ごしたいなぁ。。。が本音。

実家は暑い。家が暑い。エアコンは一室しか

つけない方針なので、もう、どこもかしこも

暑い。。。はぁ。

熱中症にならないようにしないと。

湧き出る古い記憶

愛されている、愛されてきた、と実感し

そこに感謝の気持ちが湧き出るようになると

回復が早いとか、様々な治療の効果が高まる。

らしいので。

 

まぁ、やれることは何でもやってみようの精神で

その辺りのことをほぐそうとしています。

父に関してはもう随分掘り起こしていて

納得いってるかと言えば「?」ですが。

理解はできているつもり。

全て父なりの、不器用な愛情だったということ。

それと、父自身の育った環境、父自身の発達特性。

恨むというより、なんでこの人を父に選んだ?

という疑問、という感じ。

それでも、父なりに、父の思う精一杯を与えてくれては

いたんだろうな、と。

 

一方母。

これが根深い。姉や弟も絡んでくるので複雑。

つまり、父に関してはある程度平等に厳しかった。

寧ろ、私は父のお気に入りだった幼少期があるので

その分ダメージは小さいのかも。

 

ところが、母に関してはなぜか私にだけあたりが強かった。

そして、私のことに関しては徹底的に無関心だった。

興奮気味に嬉しそうだったのは、

大学に合格した時と、息子を産んだ直後。

 

それ以外は何と言うか、今思えば陰湿ないじめみたいな感じ?

なんで、あそこまで冷たくできたんだろうと不思議に思うほど。

 

そういう母だからしょうがない、とあきらめて

何事もなかったように過ごしてきたけど、

まぁ、出てくる出てくる、色んな記憶が。

 

「あぁ、この子はめんどくさい、、、」という

ため息交じりの不機嫌な顔をした瞬間が、いくつもいくつも。

 

それをみんな、だれにも言えず我慢してたんだなぁと。

 

しかも、それは現在進行形じゃないのか???

姉の誕生日に「あなたも飲みなさい」とビールを強要されたこと、

帰省の準備をした上で、メニューを考え買い物をして

デザートも買って帰る、それをフツーの顔してやってると

要求はエスカレートしてくる。

誕生日のタイミングで姉のケーキがないと不機嫌な顔。

 

今年は、長年言えなかったことをやっと言うことができた。

それは、私の誕生日にまつわること。

 

私の誕生日だけど、私が料理をして、自分でケーキ買って

(私自身は普通のケーキ屋さんのケーキにあまり興味はない)

しかも、5人分の洗い物は量が多くて大変だとか

姉に文句を言われ。

そんなの私は全く望んでいない。

私の誕生日をダシに結局私が働かされるのは変。

 

近くにもケーキ屋さんはある。

姉にだって、ケーキを買ってくることはできる。

なのに、私の誕生日でさえ、姉に頼まず自分で買ってこい

お金は出すから、というのがわからない。

 

大学時代、帰省して、両親は外での仕事だった。

夏休みかな。きっとすぐに汗を流してさっぱりしたいだろうと

お風呂を用意しておいた。

父は真っ直ぐ、「気が利くねー、ありがたいねー」

と言ってくれたが

そのやり取りを聞いていた母は

「点数稼いだな」と冷笑した(ように見えた)

母には、私の気遣いが、ただの点数稼ぎにしか見えていないのだ

と少し悲しかった。んだよな、本当は。

誰にも言えなかったけど。

 

以来、私が何をしても、きっと点数稼ぎにしか見えてないんだろうな

と思うようになった。

 

私が、たまには人の作ったもの食べたいやろうなと

あれこれ考えて料理するのも、美味しいケーキでも

買って帰ろうかと考えることも

もしかしたらみんなただの点数稼ぎ???

 

「あなたのことは、あのときあんなに助けてあげたのに!」

「それなのに、お父さんにそんなこと言うなんて!」

「はやく、お父さんに謝ってきなさい!」

母は、いつでも父の味方。

 

冗談ぽく、昔あんなことあったよねー、と

父の厳しかった、怖かったエピソードを話すと

「お父さんだってわかってるのよ」と口を出す。

守りたいのはいつも父。

 

中学生になっても、自分で服を選べなかった。

ある日、父が姉と私に服を買ってきた。

いわゆるおばさんの着る服。

見てガッカリした。自分で選びたかったと思った。

その顔を見て母が言った。

「お父さんにそんな顔見せたらダメ。お父さんが可哀そう。」

 

それは今もずーーーっと続いている。

 

今年の誕生日は、当日に、美味しいもの食べに行こう。

5人分のご飯作らなくていい。

ケーキが悪くならないよう、保冷剤とか気にしなくてもいい。

自分が食べたいと思うものを、自分が選んで

一人で食べよう。

自由を楽しもう。

 

友人と癒しのメールのやり取りをしている。

しばらく疎遠だったけど、偶然、またつながった。

それは(たとえ愛情から来るものだとしても)いらない

と言えるようになってから、母親との関係性がよくなったらしい。

 

私にそんなタイミングが来るかわからないけど。

 

母のことも姉のことも、まだしばらくは時間がかかりそうだな。

それは、今まで本音を言わないできたせいだ。

本音で話さないとな、もう少し。

姉のうつ以来、姉はみんなの腫物。本人はそうやってもらうことが

快適らしい。まったくもって子ども。

とにかく、悲劇のヒロインでいたい人なので。

仮に私が、こんなことあってしんどいんよね。

と打ち明けても、「私なんかもっとこんなことあって大変やった!」

と被せてくる。

 

ガン闘病中の私に、「病院通いで忙しいわ~」と言ってくる。

姉から、今体調どうなの?と気にかけてもらったことは多分ない。

 

そんな姉と「お互い助け合って」と言えるのが母だ。

私の誕生日にケーキさえ買ってこられない人と

どうして助け合うことができるんだろう?

 

今まで、仕方ない、と押し殺してきた自分の気持ちを

まずは、自分自身が受け止めて、大変だったねー

しんどかったねー、よく頑張ってきたねー、えらかったえらかった

と労うことからのスタート。

疑念

心理を学んで以降、深読みしすぎるとか

相手自信が気付いていない(意識していない)

何より知りたいとは思ってもいない「仮説」を前提に

物事を見ようとしてしまう、という

厄介な癖に自分自身がからめとられて

結局自分だけが悶々としてしまう、ということがある。

 

その、一番最近のものが

母が自分を生かせたいと願うのは

単純に私自身のためなのか

それとも、姉のお世話係としてなのか?

というもの。

 

私のことに興味関心がないのは今も変わらずで

ただ、私に先に死なれてしまうと

姉が頼る先が無くなってしまう。

私のことはどうでもいいが、姉の親亡き後は

とにかく心配、、、

ここは、妹の私をいったん助けるしかない、

そう思っているのではないか。

 

去年以降、経済的に助けてもらっているという

それはそれは情けない状況なのだが。

長らく疑問に思っていたことの一つが

誰かのためにならきちんとできることが

自分のためとなるとできない、というもの。

経済的な安定を目指すなら

まずこういうことやらないと、と頭に浮かぶことを

即行動に移せないというパターンがある。

 

自分自身のことをやろうとすると固まる、

そんなとき、困っている家族の誰かがいたら

自分のことは後回しにして、そちらを最優先に動いてしまう。

 

そうしていると、周囲は、なんだかんだ言いつつ

なんだ、余裕あるんじゃない?と感じて

ますます、私に頼るようになる。

ますます自分のことが後回しになる。

という負のループ。

 

経済的に困窮している方が、私を支配・コントロールしやすい

と直感した母が、これからずっと母の意のままに動くよう

私の成功を願いつつも、母の掌の上から飛び出さないよう

網を張っているのではないか?

 

そして私は母のそんな「期待」に無意識に応えようとしているのではないか?

そんな「仮説」。

 

だとしたら、今日夏至点に、手放すべき思いはそこだ。

どっちでもいい。

母が私に何を期待しようと関係ない。

どうでもいい。

そう心から願い、ただ、母が元気でいてくれること

私を助けてくれたこと、優しい言葉も

たまには伝えてくれたこと。

そこに、当たり前に感謝しよう。

 

昨日母に送ったライン、そう言えば

ありがたいと思ってる、だったな。

 

今、私を取り巻くすべてのことに、感謝。